『日経ビジネスONLINE』山根一眞連載「ポスト3・11 日本の力」東日本大震災の「現実」を風化させないために被災地取材写真<高画質大サイズ判>の公開を開始!"The Great East Japan Earthquake"  Image Gallery By Kazuma Yamane

 

東日本大震災の現実を風化させないために
被災地取材写真<高画質大サイズ判>無償公開 001
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東日本大震災 山根一眞取材写真 2012年7月23日公開 宮城県南三陸町志津川(2011.04.03)    


     

撮影日時:2011年4月3日
撮影場所:宮城県南三陸町志津川
撮影者 :山根一眞 Kazuma Yamane

写真説明:
 東日本大震災が発生した2011年3月11日の夜、南三陸町志津川が壊滅的な被害を受けたようだという報道に接して、この町に関するいくつものホームページを検索し続けた。ホームぺージのサーバーは被災地にあるわけではないため、津波による壊滅後も被災前の姿がそのまま残されていた。いずれにも子供たちのはつらつとした姿などが多く、日本のどこででも見る希望に満ちた日常が一瞬にして壊滅したことに、体が震える思いがした。それらのウェブに残されていた被災前の写真、およそ500枚をダウンドーしたものは今も私のハードディスクに残っている。
 いったい志津川では何が起こったのか。現地を訪ねたのは3.11から23日後の4月3日だったが、町ひとつが真っ平らになって広がる姿に呆然とした。津波の襲来を受けながらも、かろうじて残ったこの建物に覆い被さっていたものは、漁業者たちの「糧」だった。上にあるのは養殖していたワカメか昆布、垂れ下がっているのは養殖中だったホタテのようだ。ホタテは稚貝を購入し、貝の端に小さな穴をあけ紐を通してから海中に吊す。後にその準備作業を見たが、稚貝が死なないように数家族の共同作業では、1日に5万個ものペースで稚貝にその加工をしなくてはならない。ほとんど睡眠をとる時間もない作業が何日も続く。こうして沖の海中に下ろした1個30円強で仕入れた稚貝が育ち収穫できれば、50〜60円で売れる。この写真は、漁師たちのそういう血の滲むような仕事、糧が一瞬にして失われたことを物語っている。

南三陸町(人口1万7429人・2009年)の被害:死者行方不明者・854名、住家の全壊3142棟、半壊173棟、一部損壊1210棟、非住家被害234棟、火災発生5件。(2012年6月30日現在・宮城県資料)

この写真についての問合わせ先:山根事務所