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現在、更新作業中です。近々、リニューアル公開します。(山根事務所・2012.07.23)

「山根一眞の仕事」をご紹介しましす。写真をクリックすると拡大表示され、写真説明が表示されます。
愛知万博・愛知県館の仕事は【 愛知万博[写真報告]】でご紹介しています。
 メタルカラーの時代 <工業技術への応援>
工業立国日本の力は、誰によってどのようにもたらされたのか、企業の創造的な技術開発者たちに、ホンネで世界一の技術開発の仕事を聞く対談シリーズ「メタルカラーの時代」(『週刊ポスト』小学館)は1992年から約17年余、約800回続き、モノつくりへの関心を大きく高めることに貢献しました。「メタルカラー」とは、事務職を意味する「ホワイトカラー(白い襟・White Collar)」に対して、創造的工業技術者の呼称として「金属の襟・Metal Collar」の持ち主という意味あいを込めて山根一眞が命名したものです。人間味あふれるモノ作り現場の証言連載は大きな支持を得て、工業分野のバイブルになりました。単行本と文庫本は合計24冊におよび、電子ブック化も進んでいます。この仕事は、工業立国日本の歩みを伝える貴重な産業証言史です。3〜5時間、時に10時間におよぶ対談を元に、山根自身が新たに「対談という表現形式」で週刊誌記事として読みやすい形に構成、執筆してきたノンフィクション作品です。1998年にはこの「メタルカラーの時代」の仕事に対して、「産業、技術、ものづくりへの新しい視点の創造」として、東京クリエーション大賞で個人初の「大賞」を受賞しています。
■関連著書:『メタルカラー烈伝 温暖化クライシス』『メタルカラーの時代』シリーズ(小学館)
■関連著書:「電子ブック版メタルカラーの時代」
 宇宙と深海 <科学技術フロンティアへの応援>

夢に満ちた科学技術がなければ工業立国の、いや、人類の未来はないという思いから、山根一眞は宇宙や深海への挑戦を応援してきました。これらのフロンティア科学技術宙分野での取材・執筆活動は30年前に始まり、1990年代半ばからはJAXA(宇宙航空研究開発機構)嘱託や宇宙科学研究所(現・JAXA宇宙科学研本部)客員教授として、宇宙広報官としての仕事を続けています。「メタルカラーの時代」は対談ではあるものの現場取材を行い、JAXAの種子島宇宙センターでのH-2Aロケットや内之浦宇宙空間観測所からの小惑星探査衛星の打ち上げ、バイコヌール宇宙基地(カザフスタン共和国)やケネディ宇宙センター(NASA)からのスペースシャトルによる国際宇宙ステーションの資材打ち上げなど、世界各地での宇宙取材をこなしてきました。ハワイ島に建設されたすばる天文台(国立天文台)は建設途上から継続的な取材を、微小重力飛行での宇宙と同じ空中遊泳(ダイヤモンド航空)や深海有人潜水船「しんかい2000」で相模湾の水深1200m、「しんかい6500」で石垣沖水深1500m(海洋研究開発機構)への潜航同乗取材も行っています。世界No.1となったスーパーコンピュータ「京」や超微細物質を解析する大型加速器SPring-8、世界最先端のXFEL(X線自由電子レーザー)「SACLA」などもいち早く取材、報告をしています。
関連項目:JAXA機関紙『JAXA'S』編集顧問として協力しています。
関連項目:「しんかい6500」第1000回潜航記念体験搭乗
■関連項目:「獨協大学天文・宇宙Week」「はやぶさ」展示
・開催告知
・御礼とご報告
関連項目:スーパーコンピュータ「京」
関連項目:XFEL「SACLA」

 環業革命 <環境による産業革命>
工業分野での先端環境技術の応援と啓蒙、森林や野生生物などの自然保護への理解の普及にも力を入れてます。「メタルカラー」の原点である欧州の産業革命の史跡を巡る旅を繰り返すうちに、「これからはあの産業革命に匹敵する環境による産業革命を興さねば!」と、1997年4月に「環業革命」という言葉を作り、以降、その取材・執筆、啓蒙が山根の仕事の最大の柱となりました。2005年5月に出版した『環業革命』(講談社)は十数年にわたる取材成果をもとにまとめた「環業革命」への啓蒙活動の一環です。2005年3月に開幕した愛知万博では、「長久手愛知県館」と「瀬戸愛知県館」という愛知県出展の総合プロデューサーとして、「環業革命」と「野生生物保護」をテーマの出展を行っています。また、2000年には、人工降雨装置やソーラーパネル、地下水による冷房など数多くの環境配慮実験を目的としたエコ住宅を新築しています。
■関連著書:『環業革命』(講談社)
■関連項目:愛知万博・長久手愛知県館、瀬戸愛知県館
 ブラジル・アマゾン <自然思想の原点>
 1972年以来、30数年にわたるブラジル・アマゾンの密林取材はすでに20回におよび、アマゾン全域に多くの友人、知人を持つに至りました。このディープ・アマゾンの取材体験によって、文明とは何か、自然と人の望ましい関係はどうあるべかを探ることもライフワークになりました。1979年には、1万人にのぼる日本人移住者の50年にわたる奮闘を描いた『アマゾン入門』(文春文庫化)を出版。1996年には、環境破壊に直面するアマゾンの望ましい未来を探るため、パラ州政府とともにアマゾン初の国際環境会議「アマゾン未来フォーラム96」を開催し、NHKテレビの大型番組となりました。アマゾンにおける日本人による希有な開発史をまとめる仕事も継続中です。これら、一連のアマゾンにおける活動に対して、ブラジルから功労賞や功労勲章を受賞しています。
関連著書:『アマゾン入門』(文春文庫化)
 野生動物 <ニホンオオカミとイリオモテヤマネコ>

1990年代に入ってからは、ニホンオオカミ、そしてイリオモテヤマネコをテーマとする新しいタイプのノンフィクションを発表しています(雑誌『シンラ』連載・新潮社)。また、イリオモテヤマネコの保護と生態解明の一助にと、2002年にはNTTドコモの協力を得て、西表島の密林内に衛星通信を利用するヤマネコ遠隔自動観察装置を設置し、琉球大学生態学教室への研究支援も続けました。2010年に愛知県で開催されたCOP10(生物多様性締約国会議)を踏まえた農水省の生物多様性戦略作成への協力も続けています。2011年からは、獨協大学環境共生研究所研究員となり、先進文明世界での生物多様性のありようを探っています。
獨協大学環境共生研究所

 大災害と防災 <阪神・淡路大震災から東日本大震災へ>

防災のありようを訴える提言することも大事な仕事です。阪神・淡路大震災の発生直後の現場取材がきっかけとなり、災害現場の実情を正確に伝え、また防災のありようを訴えることを使命の一つと考えるようになりました。2004年の集中豪雨では「メタルカラーの時代」で福井洪水(福井市消防本部)や新潟県中越大震災(ハイパーレスキュー隊、土木研究所専門家、錦鯉養殖家)での、新聞やテレビが伝えなかった災害に立ち向かった人々の報道は大きな感動を呼びました。2011年3月の東日本大震災では、大事なスタッフのご両親が津波で亡くなったことから宮城県の被災地入りをし、以降、全滅した宮城県小さな漁港の支援を続け「大指復興アクション」の代表をつとめています。地元である東京都杉並区西荻窪では、1996年に地域のお父さんたちと「地域を守る防災ネットワーク」を築くための活動(西荻PCの会)が発足、東京を遅う巨大災害に備えるための毎月1回の例会(山根事務所で開催)はすでに15年目を迎え、東日本大震災の被災地支援も行っています。
関連記事:「山根一眞のポスト3・11日本の力」日経ビジネスONLINE
■関連著書:巨大地震、巨大津波、集中豪雨、温暖化対策技術をまとめた『メタルカラー烈伝 温暖化クライシス』(小学館)

 活力ある地域計画と助言 <日本の望ましい未来>

地域のダイナミックな新しい道を地域の方々ともに考え計画する仕事も続けています。東京人であるからこそ、東京中心ではない発想での個性ある地域振興を進めることが、望ましい日本の未来像であると考えるからです。現地を徹底して自分の目で見て歩いて考えることを主義とし、愛知万博・愛知県総合プロデューサー就任後、県内88(当時)の全市町村訪問を開始したのは、その思いからでした。地域活性化を地域の方たちとともに構築する仕事は、各地で継続しており、2004年からは沖縄県経済特区の広報役を、「国民文化祭ふくい2005」の総合プロデューサーも務めています。大都市への一極集中や地域の過疎化の解消、省エネルギー、家族関係の回復、女性の社会進出促進などのために「在宅勤務」を広げるべきという主張も長く続けています。東日本大震災以降、小さな漁村の支援に力を入れているのは、この漁村が日本の望ましい未来像である「多子低齢化」のコミュニティであるからです。「少子高齢化」のみを見据えた未来を描く地域計画という狭い視点を捨てることを訴えています。

 デジタル&情報技術 <歩くマルチメディア>
山根創案になる究極の整理法「山根式袋ファイルシステム」などを伝えた『スーパー書斎の仕事術』(1986年、ビジネス・アスキー、文春文庫)が新しい個人のための情報整理法として大きな話題を集めて以降、システム手帳を日本に普及させることになった『スーパー手帳の仕事術』など、情報の仕事の方法を伝える「仕事術シーズ」は大きな支持を受けてきました。また、デジタル時代の到来を予言し、日本では最も早くインターネットによる仕事術を指南するなど(『マルチメディア版情報の仕事術〈上〉〈下〉』日本経済新聞社など)、「ユーザーの立場」での情報通信技術や機器に対するの忌憚のない執筆や発言を継続。日本経済新聞で10年以上続いたコラム連載「デジタルスパイス」、「21世紀版・スーパー書斎の遊戯術」(小学館『DIME』)などを通じて多くの読者の支持を得てきました。これらの情報通信技術は自らがが日々実践している仕事の方法を紹介してきたもので、すでに1980年代に新幹線内からのメール送受信を実践、アマゾン密林内での衛星通信モバイル術、Google登場とともに提唱した検索の効率的な手法の提唱「……とは法」など多岐にわたりました。
  しかしこの10年、ブロードバンドや高速モバイル通信、Wifi、スマートフォンが普及、Blog、Twitter、Facebook、Youtube、ニコニコ動画などのネットインフラが急速に個人に深く普及し、メディアの主役は個人となりました。それは、1980年代初頭から山根が切実に提唱してきたことの実現です。しかし一方で、ネット上のコミュニティのみによって培われる人間性には大きな危機感を抱くようになりました。そこで、実世界とネット世界を結びつける知恵をもつことで、望ましい人間性や幅広い視点や人生観を得る道、より深くモノごとの真実を知る方法、通信インフラを道具として利用しながら健全な社会を築くビジョンなどの提案に力を入れています。
  講演や大学講義、シンポジウムではMacBook Proを駆使し、映像、写真、サウンド、そして「現物」を多用して「眠くなるプレゼン=パワーポイント」を一切排除したダイナミックなPC表現で聴衆を引きつけています。これは、ビジネス世界での画一的なデジタル利用法による説得力の低下に目覚めてほしという願いによるものです。
関連著書:『賢者のデジタル』(マガジンハウス刊)
(2011年9月更新)

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